2009年の6月は本当に忘れられない月になった。
マイケルのその後のニュースをみたり、過去のニュースを見るたびに
心が痛くなる。 でも50歳とはいえ、普通の人の500年分くらいは生きたのじゃないかな。
最後に僕の大好きな曲。
ストレンジャー イン モスクワ
Stranger in Moscow
Archive for 6月, 2009
マイケルのダンスは本当に素晴らしかった。
脱力は誰も真似できないレベルでした。力を入れたり抜いたりするところです。
これがブレイクダンスの基本ですが、いかに綺麗に細かく各所で脱力できるかで
ダンスのキレが決まります。
しかしマイケルのステージはそんなダンスだけではなかったのです。
各所に仕掛けがありました。中でもダンサー全員で45度まで傾くヤツ。
あれはピアノ線でもあるのだろうか?しかしダンスの最中だし?
そんな感じでみていました。
なんとそこには驚くべき仕掛けが。。。
マイケルのステージで使われた不思議な仕掛け
ページ先には動画があるので是非見て欲しい。
正直信じられない。
マイケル・ジャクソンはエンターテイナーとして最高だった。
歌も踊りもだ。
僕は6歳のころからいわゆる英語圏の曲しか聞いたことが無い。
日本の曲をなぜか聴いたことが無いし、初めて買ったアルバムはPerfumeだし。
とにかく洋楽と呼ばれる曲を聴き続け、若いときはプロですか?と間違われるほど
踊りも練習して、六本木(当時はいい街だった)ではよく踊っていた。
日本人の男は僕一人ってこともよくあったよ。
踊りはそうだな。マドンナあたりが無難でよく真似ていた。
でもね、マイケルは難しかったよ。
これは天才じゃないと出来ないって、そう思ったもんだ。
あんまり目立っていなかったけど、歌にはかなり
メッセージ性もあった。 ポール・マッカートニーと競演してみたり。
妹のジャネット・ジャクソンと共に、本当に才能に恵まれた人だった。
本当に
本当に残念だ。
世界中の人が悲しむ。
昨年から彼の主治医がじつは相当な状態だと言っていた。
まさかとおもっていた。
色が白いのも、あれは単に病期だった。
顔の整形も、じつはあまりしていなかったようだ。
複雑な問題を体に抱えていた。それは確かだったようだ。
そして主治医の言うことも正しかったというわけだ。
信じられないことに、決して体は強くなかったのだと思う。
2001年、ブリトニー・スピアーズと競演したときの様子。
相変わらずのエンターテイナーぶりだ。
僕の大好きな、モスクワ公演の時の様子。
さようなら
マイケル