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久しぶり投稿になってしまいました。

この記事は、3月の25日頃に書いたものを
書き直しています。

 

一応何があったか書いておきたいので。

 

ご存知の通り、3月11日は大変な一日でした。
それ以後の世界は、明らかにそれ以前とは違って見えます。

 

一番は人の意識ですが、それ以外にも様々です。

 

細々何かを書くわけでもないのですが、
1つ僕の身に起きた感動を書いておきたいと思います。

 

数年前にセカンドライフで友達になったアメリカ人がいました。
60歳過ぎたおばさんですが、日本が好きで一度日本旅行のとき
案内したことがあります。 ただ強烈な南部英語でまったくわかりませんでしたが。

 

とにかくそのアメリカのおばさんが、3月11日の震災で日本が
大変になったことに心痛めていました。

また同時に僕のコトもとても心配してくれました。
とくに東京は安全だと言っていたのですが、それでも
とても心配していました。

正直言うと、僕は11日の日にはアトミック・リアクターの
非常用電源がなければ8時間しかもたないこと、
その後はどういうストーリーが待っているかを知っていたので
12日の午後には大阪にいました。

だからさらに安全だと、そういっていたのですが
アメリカのおばさんは200ドルを送ってきました。

しかも旦那さんはNASAで放射能の研究をしているらしく
電話で色々アドバイスしてくれました。
大阪で、Skypeを通じて、必死でおばさんよりはましな
南部訛りの英語を聞き取ろうとしていました。

今ではいい思い出です。

わらっちゃうのは、おばさんは200ドルをセカンドライフで
送金したと言いました。

 

え?!

 

ずっとログインしていないセカンドライフにログインして
リンデンドルをPaypalに落として、それから、、、

う。 めんどうくさい!

 

その後、大阪から東京へ帰ると
家に1つの小さな小包が届きました。

中を開けると

Atomic Ball (原子力ボール)
と書かれた真っ赤で、でっかい飴がたくさんと、
その中に埋もれているガイガーカウンターでした。

 

悪い冗談だ・・・

 

まったくテキサス人の考えそうなことです。
しかもそのガイガーカウンター、散々僕が
いらないといっていたものでした。

だって、0.1ミリシーベルト、
つまり100マイクロシーベルトからでないと
音がならないやつなんです。

放射線量の高い地域で常に身に付ける
タイプのものです。僕がAtomic Reactorで
作業するなら必需ですが。

 

これには後日談があって、
まだお金を送ろうとするのです。

お母さんが亡くなって、そのお母さんの
乗っていたオートモービルを売ったからお金があると。。。

そんな、そんな大事なお金を僕に。。。

 

人は危機的状況、様々な困難な時に本章が表れるといいます。

 

僕にとっては、それはとても個人的なことではあるのですが、
3月11日を経て、人の無条件の優しさというものをを感じることとなりました。

 

おわり

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昨日セカンドライフ内の土地を手放しました。 2年以上の長きに渡って所有し続けていた愛着ある広大な土地を、購入当初(約10万円)の20分の1以下で売りました。

我ながらよく今まで売らずに持っていたと思いますが、一応こないだまでは将来性も感じていたのです。毎月土地の広さに応じて維持費(4,000円ちょっと)もかかりますが、ここ1年はまったく遊休地になっていました。

わずか2年前ですが当時その土地は大人気の島にありました。もう人が集まりすぎて大変でしたよ。

いつも通りすがりの誰かが話しかけてきて、ついつい長話に。 そのうち1人になりたくてほかに別荘を借りていたくらいです。(笑

しかもバブリーな時代だったのでマイアミの別荘を5万円で借りていました。 その島ももう無いですが。。。

他にも火鉢屋がある土地もありました。 ちゃんと杉並区という島があったのです。 でもそこももうないです。島ごとないです。

最後まで持っていた土地が、昨日手放した土地というわけです。今やその土地は空き地だらけで、人に会いたくてもだれもいません。人が歩いていないのです。しかもどこまでいっても!

さらに他にも借りていた土地がありますが、そこはすでになくなっています。 土地ごと消えているのです。当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった運営会社が維持できなくて

Second Lifeの長屋の隣の土地今もわずかながらの土地を持っています。 この写真がそれです。池もありますし、橋もとおっています。橋の欄干の影が湖面にうつっています。鯉も泳いでいて、よもや話をするには最高の場所です。

奥の鳥居は入り口です。背後には家があって、室内には長火鉢もあります。 もちろん全部自分で作りましたが、いまや誰もきません。

Second Life内でも一番に有名だった NAGAYA という土地の隣にその場所はあります。 が、誰もいません。

とはいえ、セカンドライフには良い思い出しかありません。 外国人と一緒に仕事をする楽しさも味わいました。本当にマイアミの別荘にいる気分も味わいました。 大工道具の講習会を受けたときは、本当に先生がいて自分は生徒でした。 もともと外国人と接するのが好きな自分にとっては全ての面において最高に楽しい場所でした。

仮想空間とはいえ、その空間の中にいるときはそれが現実になります。

出会う人、場所、景色、そのどれもがごく自然に感覚として入ってきます。 それはまるで、人の温もりが、スキンシップからも文通からも同様に得られることと同義であるかのように。

セカンドライフが今後どうなるかは不透明ですが、こういった3Dの空間、もしくはバーチャルワールドと、リアルワールドとの垣根は今後きわめて低くなっていくことでしょう。 好むと好まざるとに関わらずです。

特に教育分野では目覚しい成果を果たすと思われます。 今後さら知価社会へと変貌していく未来にとって、どちらもリアルといえるほど必要な世界だと感じています。

とはいえ、自分のセカンドライフはこれで一区切りついてしまいました。

一抹の寂しさを伴いつつ。。。

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